痛み治療、サインバルタ・リリカの乱用

アメリカにおける医療用麻薬の処方問題

先日、アメリカのトランプ大統領が、アメリカにおける鎮痛剤の乱用による薬物中毒の拡大を「国家的不名誉」と呼び、「公衆衛生の緊急事態」だと宣言したそうです。これは、本来は癌など痛みの治療に使う医療用麻薬(オピオイド)を、薬物依存症者が乱用している現状(アメリカの芸能人の中毒死も相次いでニュースになっていますが、アメリカでは毎日140人もの人がオピオイドの中毒で死亡しているそうです)について、政府が本格的に対策を考え始めたことの表れのようです。

アメリカでは、薬物依存症者にオピオイドを「処方」する医者、つまり「麻薬の売人」になってしまっている医者が問題になっています。

日本における痛み治療薬(サインバルタ・リリカ)の処方問題

日本では、オピオイドの乱用はアメリカよりずっと少ないです。しかし現在の日本、私たちの医療現場では、アメリカとは異なった問題となる処方行為が行われています。

それは、オピオイドではありませんが、痛みの治療、疼痛緩和を目的として処方される治療薬である、サインバルタ(デュロキセチン)やリリカ(ガバペンチン)という薬の過剰投与の問題です。

最近の日本では、癌治療や緩和ケアなどの現場ではなく、軽症の痛みに対しても、サインバルタやリリカが異常なほどまでに処方されています。私はここで、これらの薬を癌性疼痛のような強い痛みに限り処方すべきだ、と言うつもりはありません。しかし、昨今、あまりにも安易にこれらの薬が投与され、薬害が出ているケースが多すぎるのです。

たとえば、ある患者さんは、仕事で長時間パソコン作業を続ける負担のために、腰痛が強まりました。その痛みは、普通に歩いて立ち座りできる程度でしたが、少しでも楽になれば、との思いから整形外科を受診したところ、サインバルタ60mg/日を投与されました(サインバルタは抗うつ薬ですが、通常私たちがうつ病の患者さんに初めて処方する場合、20-30mg/日です)。この患者さんは飲み始めるとすぐにサインバルタの副作用である吐き気が現れ、しばらくすると買い物衝動が強まり、お金を使い過ぎるようになりました。ネットで浪費してしまいました。怒りっぽくなり、大切な友達関係を無くしました。この方は、躁うつ病(双極性障害)の素質があり、私のところに通院中でしたが、初めてその患者さんに会って2分診療の整形外科医は、そんな事情も知らず、また、門前調剤薬局の薬剤師も整形外科医に遠慮してか無頓着なのか、当院に問い合わせもなく、大量のサインバルタが処方されてしまいました。(サインバルタは、うまく使えば非常に良い薬です。私もよく処方しています。しかし、一歩間違えればこのような躁状態を引き起こしますし、薬剤性の焦燥activation syndromeを引き起こし、自殺行為をも誘発します。実際、精神科・心療内科専門医でさえ安易にサインバルタを投与しており、その結果患者さんが自殺したケースも知っています)

また、ある老齢の女性患者さんは、陰部の違和感を訴え、内科→泌尿器科→婦人科と受診され、いずれにても異常無し、とされましたが、最後の婦人科ではリリカが処方されました。リリカは「神経障害性疼痛」という、神経が圧迫されたり切断されたりした時の痛みに対しての治療薬ですが、この患者さんの場合、神経も障害されていませんし、そもそも痛みというより陰部の異常感覚(老齢期の患者さん、特に女性には比較的多い症状です。しばしば夫婦関係などに関して起きることは、どの診療科の先生方にも留意しておいていただきたいことです。)だったのです。このケースでもやはり、初期投与量から多く(150mg/日)、副作用が生じてしまいました。リリカはふらつきや浮遊感などの副作用が生じやすい薬ですが、この患者さんでもそれが生じ、ふらつきから転倒してしまい、大腿骨を骨折してしまいました(手術となり、後遺症が残りました)。(このようなケースは多すぎて挙げるとキリがありません)

通常、医師は投与する薬の副作用について知っておきながら投与するのが常識ですが、サインバルタやリリカの投与に当たっては、その常識が機能していないようです。これは、私が思うに、患者さんを楽にしてあげよう、という善意の処方ではなく、これらの高価な薬を大量に処方して儲けようとする(院内処方ならば処方する医者が儲けますし、院外処方でも間接的に製薬会社から便宜を受けるのです。製薬会社は、サインバルタやリリカは脳に作用する向精神薬でもあるのに、気楽に処方できる薬だとして宣伝しています。しかも、体格の大きな欧米人と同量の多量投与を勧めるのです。その理由は言わずもがなですが。)作為だと思うのです。患者さんが痛みのような感覚を訴えれば「最新の薬で治してあげる」との偽善感情から安易な処方をする医師には御一考願いたいです。(痛みの診断・治療は、簡単なものではありません。社会状況や心の状態が大いにからんできます:「痛み治療」の稿を参照下さい。

このような日本の現状は、大変嘆かわしいことでありますが、おそらく今後の日本はアメリカを追随し、これからは医療用麻薬、オピオイドが薬物依存症患者に「処方」されるようになると思います。薬物依存症患者、と言うと、「シャブ中」「極道」みたいなイメージを持つ方がいるかもしれませんが、実際は全くそのようなことはありません。一見普通の人がたくさんいます。先日、アメリカから日本のある大企業に役員として来られていたアメリカ人がオピオイドを日本に不正輸入していた、という事件がありましたが、そのような感じで、全く「普通」の人がオピオイドに依存してしまっているのがアメリカの深刻な現状なのです。

「無痛文明論」

私たちの科学、文明は苦痛を和らげ、楽に便利に生活できることを目指してきましたし、これからもそれは変わりないことでしょう。生命学・哲学の研究者森岡正博の『無痛文明論』(トランスビュー社)では、苦痛が無く快適な環境、「無痛」を求める文明の問題点を詳細に描いています。

森岡の言う「無痛文明」は、(1)快を求め苦痛を避ける、(2)現状維持と安定を図る、(3)すきあらば拡大増殖する、(4)他人を犠牲にする、(5)人生・生命・自然を管理する、という特徴があります。現在の日本におけるサインバルタやリリカの乱用は、「快を求め苦痛を避ける」人ならば誰でも処方し、薬物の処方範囲を「すきあらば拡大増殖する」マーケティングの手法で、副作用で苦しむ「他人を犠牲にする」冷酷な商売(これはもはや医療と呼べません)となっています。

森岡は、このような「無痛文明」の問題解決の糸口に、「快を求め苦痛を避け、快適な現状を維持し、すきあらば拡大しようとする側面と、人間を内側から変えていくような力や、みずからの束縛を超え出ていこうとする力とを、くっきりと区別し、前者をあえて『身体』と呼び、後者を新たに『生命』と呼びたいのである」と語っています。

私たち医者は、森岡の言う「身体」だけに奉仕して、「無痛」の方向を目指せば、患者さんの処方薬への薬物依存を深めるばかりで、私たちが「ヤクの売人」になってしまいます(それも、大元である製薬資本に操られて小銭を稼ぐ、末端の悲しき売人です。)。

しかし、私たちが患者さんの「人間を内側から変えていくような力や、みずからの束縛を超え出ていこうとする力」を援助しようとするならば、薬物の処方の仕方自体も変わってくるはずです。患者さんが苦痛を訴えた時、その根本には何があるのかを考え、患者さんの「生命」が何を求めているのかを一緒に考え、たとえ困難な状況にあっても「人間を内側から変えていくような力や、みずからの束縛を超え出ていこうとする力」が患者さんの中にあることを認め、その力を最大限引き出すこと、それこそが本来の治療であり援助であることに気づくことでしょう。「生命」を援助する仕事をしている時こそ、医者と患者の良き対話があり、必要最低限の薬だけがやりとりされる、「薬に頼らない治療」が実現されると思います。そこには、医者と患者双方の「生命の喜び」があります。