小学校入学というストレス

大人にとって、小学校への入学と聞くと、そのイメージは、ピカピカのランドセルであり、「友だち百人できるかな」と胸を膨らます元気な子どもでしょう。小学校に入学する子どもは、活気にあふれ、病気とは無縁のように思えます。

しかし実際には、小学校の入学時、特に小学1年生の1学期に、ひどい風邪をひいたり、頭痛、アトピーや蕁麻疹などの皮膚病、喘息、腹痛発作、俗に言う「盲腸」(虫垂炎)などの病気が起きることが結構あります。これらは子どもの心身症(ストレスが体の病気として表れている状態)なのです。

私たち大人もその昔、小学校の入学時にはいくらかは心身の調子を崩した経験をした覚えがあるはずです。しかし、大人はどうしても「子ども時代は良かった」と理想化してしまいがちですから、小学校入学時のストレスについては忘れがちです。ほんとうは「子どもだって辛い」のです。

では、なぜ、小学校への入学がストレスになるのでしょうか。それは、小学校の入学が「教育」の始まりだからです。保育園・幼稚園までは「保育」、つまり健やかに育つことが目的ですが、小学校に入ると、「教えられる」環境になります。小学校で「教えられる」のは勉強だけではありません。「社会秩序」を教えられます。授業中は静かに席に座り続け、集会ではきちんと整列し、名前を呼ばれれば大きな声で返事し、やたらと挨拶をすることが求められます。そのような学校の秩序に従っている時は、自然な子どもの姿はありません。休み時間や登下校の時にふざけ合って笑ったりケンカしたりしている時に本来の子どもたちの自然な姿が見られるのです。

「教育」は「教え育てる」大人の側の視点が優先なのです。教育の「教」の字の右側のつくりである「攵」は「棒でたたく」の意味であり、子どもを棒で叩いて教えていた昔の中国の教育に由来すると言われています。現代の教育でも、社会秩序を「たたきこむ」側面が全く無いとは言えません。

そのように考えると、小学校への入学が子どもたちにとってストレスになることがわかるでしょう。入学前まで伸び伸びと子どもらしく過ごしていたのに、小学校に入ると途端に窮屈な思いをするのです。そのストレスが体に表れれば、先ほどお話しした心身症になりますが、行動の異常として表れれば、多動症(ADHD)、遺糞症(トイレではなく下着の中や部屋の床に便を出す)、場面緘黙症(ある人にだけ、ある状況だけ、例えば学校にいる時だけ言葉が出なくなる)、分離不安症(学校に送ってもらう時にお母さんから離れられない)、となります。

ADHDや場面緘黙症が6歳から8歳くらいに「発症」しやすい、と言われますが、それは、小学校入学というストレスに対する子どもたちの自然な反応として見る視点も必要です。心の育ちを考える時、「入学」という大きなストレスを無視し、単純に「ADHDは6歳から8歳が好発年齢」という捉え方は不適切です。ADHDの素質を持っていた子どもが、入学というストレスを受けて、ADHDと見なされる行動を示した、と考える方が、子どもにどう接してどのような援助(環境調整)をしてあげるかを考える際のヒントになるでしょう。

大人の発達障害を疑う時にも、小学校入学の頃にどういう状態であったかを尋ねることは、一つの大事なポイントとなります。