アスペルガー障害(自閉症スペクトラム)と子育て

発達障害の中の一つとして、アスペルガー障害があります。

アスペルガー障害は、自閉症(広汎性発達障害)や「自閉症スペクトラム」と言われる障害に分類されます。自閉症(広汎性発達障害)の中で、言葉や動作の発達には問題なく「知能は高いけど人の感情がわからない」人がアスペルガー障害と診断されます。

アスペルガー障害の概念は、日本でも昔から児童精神医学の分野では知られていたものの、注目されるようになったのはこの10数年のことです。アインシュタインのような天才がアスペルガー障害だったとか、猟奇的な少年犯罪の加害者がアスペルガー障害だとか言われて注目されるようになったのです。「天才と狂気は紙一重」という、古来から言われてきたテーマや、犯罪者の犯罪動機を説明するに関する疾患(障害)として、アスペルガー障害は注目されています(犯罪に関して、マスメディアに出てくるこのような説明はほとんど間違っていることは強調しておきます)。

しかし、私たちの臨床の実感からすると、アスペルガー障害は天才とも狂気とも直接の関係はありません。確かに、私たちの前にいらっしゃるアスペルガー障害の方は、相手の気持ちがわからなくてコミュニケーションに障害が生じたり、集団の中でどう振る舞って良いのかわからずに悩んだりしていますが、彼らのほとんどは天才とか狂気とは無縁です。

アスペルガー障害・自閉症スペクトラムについては、先にお話ししたように、日本で注目されるようになったのは21世紀になってからで、それはアメリカを経由してからのことです。アメリカの心理学・精神医学の本でアスペルガー障害を扱った本はものすごくたくさんありますが、中にはアスペルガー障害の人を「人の心がわからないエイリアン」のように扱っているものもあり、残念に思います。それは例えば、お母さんが激しい腹痛を起こしてのたうち回っているのを見て「ママ、遊んでるの?」と一言だけ言って再び自分の遊びに夢中になる幼児、として描かれます。彼らは生まれつき人の心が全くわからないかのように書かれているのは残念だと思います。

最近、子育てに悩むお母さんから、「うちの子は発達障害では? アスペルガー障害では?」と相談されることが増えています。そうしたお母さんたちは、子育てに自信が無く、「子どもの心がわからないのでどう接していいのかわからない」と言われます。確かに、生まれつき育てにくい子どもさんと育てやすい子どもさんがいます。赤ちゃんの時から神経質で、何かと物音に過敏であったり、父親や祖父母にも「なつく」ことがない子もいます。夜泣きがひどく多いのでお母さんを悩ませる子もいます。お母さんとしては、「どうしたら泣き止むのかわからない」と悩みます。悩んで抑うつ状態になる方もいます。(最近はここ多治見市や可児市でも「子育て相談」「子育て支援」の体制がずいぶん整いましたから、一人で悩む必要はありませんが)

また、傍目から見ればそれほど育てにくい子どもさんでもなさそうな場合でも子育てに悩むお母さんもいます。そういうお母さんは「子どもの気持ちがわからない」から「どう接して良いか」と悩みます。育児書を一生懸命に読み、そこに書いてあるように忠実に子育てをしたけどうまくいかない、と涙して話されるお母さんもいました。

そのように子育てに自信がないお母さんに対しては、「子どもの気持ちがわからなくても大丈夫です。」「お母さんの“勘”を信じていい」とアドバイスすることがあります。というのは、お母さんは子どもの気持ちを“誤解”して良いのです。赤ちゃんが初めて笑顔を見せた時、本当は赤ちゃんにしてみれば何も見えていないかもしれませんが、お母さんが「お母さんを見て嬉しそう」「名前を呼ばれて喜んでいる」と受け止めれば、お母さんも笑顔になれて元気になり、赤ちゃんへの話しかけも多くなるので、赤ちゃんが良い刺激をたくさん受けて成長に役立つのです。最初にお母さんが赤ちゃんの笑顔を“誤解”することによって、母子関係が良くなるわけです。お母さんが赤ちゃんの心をわかってからコミュニケーションが始まるわけではなく、“誤解”からコミュニケーションの好循環が始まるのです。これは、子どもが大きくなってからでも同じです。たとえ、親の気持ちが通じていないと思われる時でも、「(子どもは)こう思っているはず」と想像してみて話しかけたりあやしたりしてみる。それでうまくいかなければ別のことをしてみる。そうすれば、心が通じる場面が多くなるのです。(認知症の方への共感について以前に書きましたが、あらゆるコミュニケーションは“良い誤解”、相手への想像力を働かせること、信じることから始まるのです。)

確かに、自閉症スペクトラムの子どもさんは、抱かれるのを嫌がったり、一人遊びを好んだりして、他人の関わりを拒むように見えることがあります。しかし、本当はお母さんのことが気になっているし、甘えたいと思っているのです。ただ彼らは、皮膚の感覚、音や光の刺激に過敏であったりするために、関わりを嫌がる場面があるだけです。それは、成人になった自閉症スペクトラムの人が自分の障害について書いた本にリアルに書かれています。

「育てにくい子ども」と感じても、粘り強く関わりを続けていくことで、子どもが成長していくことを確実に実感できること、それは親としての喜びでもあり、親の方の人間としての成長(他人への共感力が高まる)にもつながるのです。私たちは度々、障害の子どもさんを持った親御さんに感心させられます。