嘔吐恐怖症とその治療について

食べた物を吐く、嘔吐に対して強い恐怖を持つ、嘔吐恐怖症を苦にしている方がたくさんいます。

吐くのが怖い、と言うと、拒食症や過食症などの摂食障害と勘違いされることもあります。もちろん、摂食障害の人にとって嘔吐は大きな問題ですが、同じく嘔吐を怖れると言っても、嘔吐恐怖症の人と摂食障害の人では怖れ方がずいぶん違います。

摂食障害の人にとっては、嘔吐は太ることに対する恐怖から逃れる手段であるし、食べ過ぎた後のムカつきを和らげる対処法でもあります。しかし、嘔吐恐怖症では、文字通り「嘔吐」という現象そのものを恐れている点が違います。

嘔吐恐怖症の人は、嘔吐しそうになる状況をひどく怖れます。たとえば、以前に嘔吐のきっかけになった食べ物や状況については潔癖症というレベルまでに怖れ、また、嘔吐を怖れるがあまり、外食が全くできない人もいます(外食はどんな食材が出てくるかわからないし、楽しく食べている人々の前で自分が嘔吐することを想像して恐怖を覚えるためです)。外食ばかりか、自宅で親友と一緒に食べることさえもできない、「会食恐怖」になる嘔吐恐怖症の人もいます。会食恐怖になると結婚式や歓送迎会、同窓会など、社交の場を怖れて参加しなくなるので、孤独になってしまいます。また、嘔吐恐怖症のために、バスや遊園地の乗り物に乗れなくなり好きな旅行に行けなくなったり、悪阻(つわり)で吐き気が生じるのを怖れ、妊娠を避ける人もいます(妊娠恐怖・出産恐怖)。自宅で一人でいても、ネットでチャットをしている途中に吐き気がしたり嘔吐したりすることを怖れてチャット前やチャット中には飲食できない人もいます。それほどまでに、嘔吐恐怖症は、私たちの人生の楽しみを奪うものです。

では、なぜ、彼らは嘔吐をそれほどにまで怖れるのか。次のようにいくつかの理由があります。それぞれにつき、少し治療が変わってきます。

1.嘔吐を非日常世界、死を連想する現象として怖れる場合
言うまでもありませんが、 嘔吐とは、一度身体の中に入った食べ物を再び外に出す行為です。それは、私たちが普段目にすることが無い胃腸などの内臓を連想させます。そのため、グロテスクな印象が持たれ、「異常事態」と受け止められます。家畜の解体を思い浮かべる人もいます。それは「死」の連想にもつながり、ある種の性格の人、特に強迫性障害の傾向のある人に忌み嫌われ、怖れられます。
この場合、嘔吐に関するきっかけや状況を避けずに、少しずつ嘔吐に関するイメージを思い浮かべることが治療的です。そのやり方は人によって異なりますが、例えば、魚の内臓の画像から見てみて慣れてきたら触ってみる、という行動療法があります。

2.嘔吐は自己のコントロールを超える現象として怖れる場合
嘔吐は、多くの場合、意図的に行う行為ではなく、身体の自動的な動きとして、反射的に生じる動きです。私たちは普段、意識せずに食べ物を消化する行為を行っています。乳幼児は、嘔吐することはあっても嘔吐を恐怖することはありません。
しかし、特にパニック障害になる人は、自分の身体が思わぬ反応を起こした時に動揺します。たまたま生じた嘔気や嘔吐をきっかけに動揺し、自分の身体を信じることができない状態になります。
この場合は、私たちの身体の中で働いてくれている自律神経を信じることが第一です。私たちの自律神経は、消化という行為だけではなく、心臓の脈拍数や呼吸の回数、血圧の調整、適切な発汗による体温調節など、たくさんの仕事を絶妙にしてくれています。適度な運動をしてみると、自分の自律神経が上手く調整してくれていることが実感できます。それが難しい場合は、自律神経失調症になっている可能性が高く、薬物治療を行う方が良いかもしれません。

3.嘔吐することにより、人前で恥をかくことを怖れる場合
先ほどお話しした、会食恐怖を伴うケースに多いのがこのケースです。人前、特に皆で一緒に食べている時に目の前で嘔吐することは、皆にショックを与え、不快感を与えかねません。特に社交不安障害(対人恐怖症)の人は、相手に不快な思いをさせること、もしくは自分が恥をかくことをひどく怖れますので、人前での嘔吐や嘔気をひどく怖れます。
この場合、中間距離の人(会食しても全く嘔吐恐怖を持たない家族や親友などの親しい人よりはもう少し距離があって、会うのに若干の緊張を覚える友達や同僚など)に対し、嘔吐恐怖を打ち明けて会食に臨めると一番良いのですが、打ち明けるのが難しければ不安でも会食に臨んでみるのが良いでしょう。恐怖を持ちながらも会食に参加して、そこで話ができていくらかでも満足や喜びがあればそこを展開点にして大きく変わります。おおげさに聞こえるかもしれませんが、人生が変わる人もいます。

「同じ釜の飯を食う」という言い方に表れているように、人間社会においては、会食は友好関係を深め、いろいろな話を見聞きして楽しく、人間として成長する良い機会です。嘔吐恐怖に悩んで人と触れ合う機会を逸して損をしている方には、ぜひ治療をお勧めします。