社交不安障害(対人恐怖症)とは

社交不安障害(social anxiety disorder、略してSAD)という病気があります。
この障害、SADを持つ方は、「人が怖い」のではなく、「人前で恥ずかしい思いをするかもしれない」場面をひどく怖れます。たとえば、人前でのスピーチ、人前での食事・電話・書字などを怖れます。人前で恥をさらす状況を怖れるのです。
俗に言う「あがり症」の強いものとも言えます。
たしかに「あがり症」程度で、職場で電話するとか、来客にお茶を出すとか、ある種の場面だけにしか支障がない軽症のSADの人も多いのですが、症状の重い人はほとんど外出できずに引きこもり、コンビニへの買い物ができないどころか、親族の冠婚葬祭にさえ出席できないなど、生活の支障が大きくなります。
そうした社交不安、人前に出ることや人前で何かすることを怖がる、という症状だけでSADと診断はできません。発達障害(アスペルガー障害、広汎性発達障害)や知的障害、適応障害、PTSD、うつ病、統合失調症など、鑑別すべき診断はいくつもあります。
しかし、今回は典型的なSADについてお話ししたいと思います。
SADは、日本ではかつて「対人恐怖症」という病名で呼ばれていました。
対人恐怖症は、SADの病態を含むより大きな疾患群なのですが、ここではSADと同じ疾患と捉えてもらって良いと思います。
その対人恐怖症の病理の考察とその独特な治療法で有名なのが、大正時代から昭和にかけて活躍した精神科医、森田正馬です。
森田正馬は「森田療法」として、SADやパニック障害、当時は「不安神経症」と呼ばれていた病気を治療していました。
森田は、対人恐怖症の原因として、三つの要因を考えました。
一つ目の要因は、「体質」の要因です。
人は、赤ちゃんの時から個性があります。
赤ちゃんの時からお母さん以外の人に抱かれることをひどく嫌がったり、物音に過敏に反応したり、人見知りが激しかったり、といった個性があります。
これは、今で言う、広い意味での発達障害の特徴です(森田の時代には「神経質」と呼ばれていました)。言い換えれば、「生まれつき」の体質と言って良いでしょう。
二つ目の要因は、人前で恥ずかしい思いをした、という「恥」をかいた体験です。
人前で話をしていた時に不意にひどい汗が出てしまったり、言葉の言い間違いをしてしまったりして、体裁の悪い思いをした、という体験です。
これは、今ならば、(広い意味での)「トラウマ」体験と言って良いでしょう。
ここまでは、「体質要因」×「トラウマ的出来事」という、二元論ですが、森田はそれに加え、対人恐怖症の発症要因として、患者の性格因を重視します。この性格因が対人恐怖症の三つ目の要因です。
それは、「負け惜しみの意地っ張り根性」と表現されます。
対人恐怖症の患者は、神経質な体質なので、社交場面で「恥ずかしい」と感じやすいのですが、そういう自分を「ふがいない」と考えて(つまり生得の体質、弱さを認めない「負け惜しみ」)自分は「恥ずかしがらないようになりたい、なるべき」と考えます(つまり「意地っ張り」になる)。
しかし、そのように考えることにより、逆にちょっとした人前での当惑や緊張が気になって仕方なくなり、対人恐怖症の赤面や震えや発汗などの症状が強まってしまう。そのためにまた自分を「ふがいない」と考えて・・・(以下同上)、という悪循環に陥るのです(これを森田は「とらわれ」の病理と表現します)。
このように、三つの発病要因に分けて考えていくとと、同じ社交不安(対人恐怖)症状と言っても、どの要因がどのくらいあるかによって、治療方法を変えていくことになります。
水谷心療内科院長 水谷雅信