発達障害と不安・うつ・パーソナリティ障害の関係:「重ね着症候群」について

発達障害が見逃される、発達障害が誤診される、としばしば言われます。私は、積極的に発達障害と診断することを良しとする風潮には異論がありますが(ビジネスマンと「発達障害」診断、「自己責任」)、発達障害と診断することが患者さんの利益になると見込めば、躊躇なく患者さんに伝えます。

今回は、発達障害と診断すべきケースについて、精神分析医の衣笠隆幸先生が提唱した「重ね着症候群」の概念を借りてお話ししたいと思います。

重ね着症候群とは

衣笠は、パーソナリティ障害、中でも境界型パーソナリティ障害と診断される患者さんの中に、実は発達障害を持っている人がいることを見い出し、「重ね着症候群」として提唱しました。境界型パーソナリティ障害は、躁とうつのように気分がコロコロと変わり(特に愛着を寄せる人との関係で、相手をベタ褒めしたり強烈な愛情を示したりしたかと思えば、突然手のひらを返したようにこき下ろしたり攻撃したり)、自殺未遂を繰り返したりする(しばしば、愛着を寄せた相手から「見捨てれた」との思い込みから自傷行為を行う)病気です。

境界型パーソナリティ障害を始め、一般にパーソナリティ障害は、「人格障害」とも呼ばれ(「人格」という、ある人の人柄自体を「障害」とすることに違和感を覚える一般の方も多いと思いますが)、「性格の問題」とみなされます。

しかし、パーソナリティ障害と診断される人の全てではありませんが、その中に結構「隠れ発達障害」みたいに発達障害の特性を持っている人がいます。その人たちは知能が低くはなく、一見してコミュニケーションがひどくできない訳でもないので、子ども時代には発達障害と診断されません。せいぜい、「ちょっと変わっている」と思われる程度です。そういう子どもが大人になって初めてパーソナリティ障害と診断されます。そういう一群を「重ね着症候群」と衣笠が提唱したのです。(パーソナリティ障害の上着の下に隠れて、発達障害の下着があり、「重ね着」されているという意味です)

重ね着症候群の概念から考えると、何もパーソナリティ障害ばかりではなく、不安障害(パニック障害、対人恐怖症、社交不安障害、強迫性障害、全般性不安障害など)や、うつ病、統合失調症などと診断される中にも、「重ね着」している人が結構いる訳です。しかし、「重ね着」に気づかない治療者に発達障害を見逃され、例えばパニック障害ならパニック障害の一般的な治療を施されてもなかなか治らないか、場合によっては病状をこじらせることになります。

重ね着症候群の診断

「重ね着」はどのように診断するのか。それは、隠れた発達障害を診断することですから、もちろん患者さんの詳細な生育史(幼少時からどのように育ってきたかを詳細に尋ねれば良いのですが、それは結構な手間を要します。尋ねられる患者さんの方にもストレスが大きくなることもあります。また、最初にお話ししたように、やたらに発達障害を診断すると患者さんの希望を削いでしまうことになりかねません。そのため、重ね着症候群と診断することが患者さんの利益にかなうと治療者が見込んだ時に診断を行うべきです(残念ながら一部の臨床家は自己満足のために診断しているようですが)。
そのような考え方で、当院で重ね着症候群を疑う場合には、先にお話しした生育史の聴き取りや、ウェクスラー式知能検査(WAIS)やロールシャッハ検査などの心理検査を行います。

重ね着症候群の治療

重ね着症候群の場合、表面上にある不安や抑うつ症状だけを治療していてはなかなか良くなりません。ましてや、「パーソナリティ障害」と診断して患者さんの性格問題としたり「自己責任」としたりすれば、患者さんがさらに苦しむだけで、有害です。
重ね着症候群と診断したならば、発達障害に起因している生き辛さにつき対処が必要です。その場合、患者さんの病状や特性をご家族や上司などに説明すること(心理教育)、患者さんが世の中でどのように振る舞っていくのが良いのかをコーチするSST(ソーシャル・スキル・トレーニング;仕事でわからないことがある時に上司に対してどのようなタイミングでどのように尋ねるのが良いのか、恋愛感情をどのように伝えれば良いのか、などをロールプレイしてトレーニングしていく)が有効になります。
また、重ね着症候群の人の薬物療法は、慎重を要します。重ね着症候群においては、発達障害の脳の特性を持っているため。薬物の量は一般よりずいぶん少なくても有効なことが多いのですが、逆に一般より多くの薬物を要することがあります。
当院では、患者さんの特性に見合った職業適性の説明や、良好な対人関係を築くためのコミュニケーション方法などの助言も行っています。