統合失調症(精神病)とその「原因」、子育てとの関係

統合失調症を患う患者さんやその御家族から統合失調症発病の「原因」について尋ねられることがしばしばあります。その問いの深さは様々です。病状を医学的に説明する「自律神経失調症、交感神経の過剰興奮」「脳内のドーパミン過剰」で納得される方もいれば、イジメ、上司からの「パワハラ」、幼少時に親から受けた「トラウマ」が原因と説明して納得される方もいます。そのようなストレスな出来事は「ドーパミン過剰」という原因と相反することではなく両立することですが(ストレスを受けた人が脳にダメージを受けてドーパミン過剰になってもおかしくない訳です)、患者さんにそんな理屈を話しても治療的な意味は無いので、私の診察室では、目の前の患者さんが「原因」として何を問うているのかを推し量って説明しています。

中には統合失調症の根源的な「原因」について問いを発する方がいます。なぜ自分は統合失調症の体質に生まれたのか、どうして自分が統合失調症を患うことになったのか、という問いです。それは、旧約聖書の「ヨブ記」に出てくるヨブが神に対してなぜ自分はこんな苦しい目に遭わされて耐え忍ばねばならないのか、という実存的な問いをなした時と同じレベルの問いです。このレベルの問いかけに対しては医学的に正しい答えは無く、私たち医師は人間としてどのようにして病み苦しむ人に接するか、が問われていると思います。そんな時私は白衣を脱いで単なる一個人として患者さんと向き合っている気分になります。若い頃はなかなかそういうことはできませんでしたが、様々な経験を経て、そういう境地に至りました。

そのような深いレベルの問題は別にして、今回はもう少し即物的・生物学的なレベルでの統合失調症の「原因」を考えたいと思います。

統合失調症の原因について、今では遺伝子による原因が大きいとされていますが、過去には母親の養育が問題視されていました。schizophrenogenic mother(統合失調症を作る母親)という言葉が生まれたほど、母親の養育態度が問題視されました。これは、統合失調症を患う患者さんとそのお母さんとの親子関係を観察した治療者から出てきた理論です。統合失調症の患者さんはなかなかお母さんに甘えません。お母さんが「おいで」と呼んで迎え入れようとしてもなかなか近づきません。その時のお母さんの様子をよく見てみると、言葉では喜んで子どもを迎え入れようとしているものの、態度では拒絶的である(子どもを拒否しているような体勢)ため、言葉と態度の乖離があるのです。バーバルコミュニケーションとノンバーバルコミュニケーションの不一致が見られたのです。

そういうお母さんの態度は子どもからすれば、優しい言葉を信じれば良いのか、それとも拒絶的な態度の方を信じれば良いのかわからなくなります。それを「二重拘束状態double bind state)」と呼んだのです。(グレゴリー・ベイトソンのダブルバインド理論が代表的です)

そのように、子育てに統合失調症の原因を見い出す精神科医や心理学者は、ダブルバインドな状況を作る母親が子どもを混乱させ、子どもに統合失調症を発症させる原因になる、とみなしました。

しかし、後々の検証、臨床的観察から、ダブルバインド状態は原因ではなく結果であることがわかってきました。それはどういうことかと言うと、後に統合失調症を発症する子どもは生まれつき、もしくは幼少時から親に甘えられない、親に抱かれることを嫌がったりするのです。乳幼児段階からそのような子どもであれば当然その親は「育てにくい」印象を持ち、どのように接して良いのかわからなくなるのです。ダブルバインドの状態は親の困惑の表現であり、それは子どもの生まれ持った特性から生じた結果である、と理解されるようになったのです。

これは、統合失調症の子どもさんを持つお母さんにとって救いとなりました。子どもが統合失調症のような辛く苦しい病気を患った時、お母さんは自分の子育てが間違っていたのではないか、と自責的になるものです。その上現在でも、統合失調症に限らず、子どもが心の病になると、何かと母親の養育方法に問題があったのでは、と疑われるのは、依然として根強い傾向です。しかし、ここで改めて強調しておきたいのですが、こと統合失調症においては、母親もしくは親の養育態度だけで発症することはありません。

もちろん、親の養育態度が原因となって子どもが心の病を発症することはいろいろあります。それについては別稿で改めてお話したいと思います。