うつ病治療のヒントとしての「心のふるさと」

先日、小学校入学時のストレスついてお話ししました。

小学校への入学は大きなストレスになり得るのですが、この頃に健康であった人ならば、「楽しかった子ども時代」として振り返ることも多いでしょう。この頃に遊んだ場所や情景が「心のふるさと」となっている方も多いと思います。

小学校の前半、1年生から3年生にかけてどんなことが好きで、どんな交友関係を送っていたかを思い出すこと、特に楽しかったことを思い出すことは、元気になるためのヒントになります。「三つ子の魂百まで」と言われますが、実はこの8歳前後に、その人の生まれ持った体質、性格、興味、社会性がよく表れているので、大人になってから苦境に面している時に8歳前後の頃の良き記憶を思い出すと、それだけでも元気になれます。今は引越をして別の場所に住んでいるならば、一度昔の遊び場に戻ってみるだけでもいいし、公園でも神社でもアパートでも商店街でも何でも良いので、行ってその場所の空気を吸い、水や木や砂、建物などの物に触れるだけでも良いのです。昔の写真を見てみるだけでも良いでしょう。

しかしなぜ、8歳前後なのでしょうか?

私たちが小学校入学という一つの壁を無事に越えれば、10歳くらいまでは、「自然」や「社会」がよく見えてわかってくる時期です。この時期、「遊び」の範囲が急拡大します。野球やサッカーみたいな球技や鉄棒などで体を動かすことが好きな子、魚釣りや昆虫収集などの自然相手の遊びが好きな子、何かと歌うことが好きな子、手芸や工作などの物作りが好きな子、人形遊びやマンガなど室内で遊ぶことが好きな子、ダジャレ作り・言葉遊びが好きな子、など、遊びと言ってもそれぞれいろいろな個性があることでしょう。個性が大きく開花する時期なのです。

しかもこの頃は、思春期のように「自分は何者か」「私って何?」なんて疑問はありません。中学生のように、「自分」を意識する「自意識」がないので、過度に遠慮したり恥ずかしがるようなこともなく(通常この時期にはまだ、対人恐怖、社交不安障害は生じません)、のびのびと好きな遊びをします。子どもたちはただ、興味のままに動き、興味の一致する子どもたちが集まって遊び、遊びが終わればお開きです。

このような学童期を思い出すことは、大人の精神疾患、中でもうつ病を患う方には治療的です。うつ病の治療・養生のヒントになります。なぜなら、うつ病、中でも「メランコリー型うつ病」の方は、8歳頃の子どものように「自分」を意識せずに、皆と一緒に目の前の仕事や課題に一生懸命に取り組むことが好きな方が多いからです(うつ病を患う方の精神年齢が低い、という意味ではありませんので御注意)。彼らが生き生きと活躍する仕事は、学童期に友達と一緒に夢中になって遊んだことの延長なのです。彼らが会社の同僚と一緒に作業グループなどの「仲間」を作って働いている時は、多少の過剰労働でも苦にせずに頑張って働けます。しかし、たとえば管理職に抜擢されて「君は課長として何ができるのか」と問われた途端にうつ病を発症するのです。つまりこの場合、気の合った仲間と一緒に仕事をすることは楽しいので、重労働でもストレスを感じないのですが、その仲間関係から飛び出して個人的な責務を求められると大きなストレスになるわけです。言い換えれば、「仲間」を失ったという喪失感がうつ病の発症のきっかけになっているのです。昇進がストレスになる理由の一つです。

そのようにしてうつ病を患った大人が、友だちと気の向くままに自在に遊ぶことができた小学生時代を思い出すと、自分の適性を思い出すことができます。自分が元気になれるのはどういう活動をしている時か、どういう活動をすれば元気になれるのか、を思い出すようになるのです。うつ病を発症して「失った」仲間関係、自分の人生の中の断裂を「建て直し」「つなぐ」にはどうしたらよいか、少しでも「つながり」を回復できれば、うつ病の治療のヒントになるのです。

ある患者さんは、昇進をきっかけにうつ病を発症したのですが、うつ病で休職中のカウンセリングの中で、動物が好きだった小学生時代を思い出しました。彼は療養中に、捨てられたペットの命を救う動物保護活動のボランティアに参加しました。そこには同じく動物好きの仲間がいて、彼らと一緒に活動をしていく中で、徐々に彼は元気を取り戻しました。ボランティアの仲間内では、社会的な身分などの上下関係は無く、目的を共有する仲間がいるだけです。彼にとって大変居心地の良い場所でした。彼は仕事の責務を忘れ、好きな活動に没頭できたのです。彼はそこで「仕事だけが人生ではない」との悟りを得ました。

彼が復職した時、もちろん役職として求められる責務は目の前にありましたが、それをこなしながらも彼は、部下たちにも自分のボランティア活動を話すなどして、上司や部下からも親しみを持たれる関係を築くことができました。

私は、彼の仕事の中に何か社会貢献できる要素があるかどうかを考えることを勧めました。もちろん会社は営利団体なので利益を追求するのですが、彼の仕事の中に社会貢献の要素を織り交ぜていくこと、そういう価値観を彼と共有できる部下、上司や顧客と親しくしていくことを勧めたところ、彼はそういう「仲間」を得ることができました。彼と世の中との「つながり」が広がったのです。

彼は管理職として働きながらも以前のような孤独を感じなくなり、自然に彼のうつ病の症状も完治しました。