うつ病と自責感

前回、うつ病・抑うつ状態についてお話ししました。

うつ病において大きな問題となる症状は、「自分は役に立たない」「生きている資格がない」「ダメな人間」といった、自分で自分を責める自責感情です。
この自責感は、とても厄介なもので、うつ病の人を自殺に追い込む大きな原因となります。私たちは、患者さんの自責感をいかに解きほぐしていくのか、常に注意しながら、言葉を選び、診療に当たっています。

現在では、うつ病に限らず、自責感を口にする人はとても多く、現代はうつ病・抑うつ状態が蔓延している時代だと思うほどです。私のような仕事をしていると、人は本質的に自責感情を持ちやすい生き物なんだ、とも思えてきます。実際、WHO(世界保健機関)は、近年中に、あらゆる病気や障害の中で、うつ病が私たちの健康を一番損ない、社会的損失を大きくする病気になる、と推計しています。

しかし、私はこれまで診療経験から、重いうつ病はそれほど多くないはずだと思うし、もし現在うつ病が重くなっているならば、その社会的文化的要因についてもっとよく考えるべきだ、と思っています。

そこでポイントになるのがうつ病における「自責感」なのです。

私の臨床経験からお話しします。

私が昔働いていた沖縄県の八重山諸島においては、うつ病を発症する人がずいぶん少ない地域でした。(よく誤解されますが、決して精神疾患全体が少ない地域ではなく、南の「楽園」ではありません。)
その八重山では、うつ病の患者さんは、不安・焦燥・心気症状(体はどこも悪くないのに「病気」がある、と思いこむ症状)・意欲低下・興味の喪失といった症状はありましたが、「自責感」を持つ人は皆無でした。
これは、文字通りのカルチャーショックでした。
私が学生時代から、うつ病に自責感は付きものように教えられ、
医者になってからもそのように見てきた「常識」を八重山では覆されました。

その八重山での印象的なケースです。
ある時、私は家に引きこもって元気がない中年男性のことを心配したお母さんから相談を受け、その家に往診に行きました。
確かに、お母さんから聞いていたとおり、言葉数が少なく、元気のない方でした。意欲や興味を欠き、かわいらしい子どもたちへの受け答えも素っ気ない感じでした。
しかし、彼に自責感は全くありませんでした。
ご家族は、と言えば、ただ彼の元気がないことを心配するばかりで、今後彼が発狂してしまわないかという怖れをいだいてはいましたが、決して彼が働いていないことを問題にする姿勢はありませんでした。
私は、彼をうつ病と診断しましたが、この状態とこの環境ならば無理に治療を勧めなくとも良いと判断しました。ご家族もそのように考えました。
その結果、1年ほどかかりましたが、彼は自然に回復し、仕事に戻ることができたことをお母さんから教えてもらいました。

このケースを振り返るとき、「自責感」はうつ病の症状そのものではなく、患者さん自身の考え方や家族環境、それを含めた地域文化・地域の価値観が影響してできあがる症状なのだ、と思うのです。

沖縄では「命どぅ宝(ぬちどぅたから)」(=命こそ一番大事)とよく言われますが、病気であろうが無職であろうが、とにかく生きていてくれることが一番、生きていてくれれば皆で支え合っていける、という価値観・文化があります。
そのような社会にいると、うつ病の人は自責感を持たずに済み、周囲は自然な回復を待ってくれるのです。当然、うつ病を発症しても自殺のリスクは低くなるわけです。そのような社会はうつ病の人にとっては治療的な社会環境なのです。

その一方で、日本の多くの地域では、「働かざる者食うべからず」という勤勉の論理が主流となっており、少しでも「働けない」状態になると、周囲から「サボり」「穀潰し」と言われ(最近ではその表現を変えて「自己責任」として責められますね)、また、そのように周囲が責めなくとも、患者さん自身が「働けない=悪い=生きている資格がない」と自分を責める、自責するのです。つまり、患者さんは日本社会に主流な価値観で周囲に責められるか、そのような価値観を自分の心の中に取り入れて、自分で自分を責めるようになるのです。
そのように考えると、現代日本のうつ病患者さんは、うつ病になったという不幸に重ねて、この現代日本に生まれてしまった、という不運があるように思います。

現在、一般にうつ病は脳の病気、脳内の神経伝達物質のアンバランスや、神経ネットワークの機能異常、などと言われており、それは確かにそうだと私も思うのですが、同じようにうつ病の脳の異常が生じていても、患者さんを取り巻く環境によって、すいぶん症状や経過が変わってくるものだ、と思います。

「こころの総合診療医」の視点では、こころの状態、こころの病を単に生物学的・実体的なものとは見なさず、社会的要因によって左右される部分にも着目し、病気の症状や経過を固定的・絶対的なものとは捉えません。そういう柔軟な病気の捉え方が治療のヒントを引き出す、と思っています。その実際については稿を改めてお話ししたいと思います。

水谷心療内科院長 水谷雅信

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