うつ病と認知行動療法

うつ病の患者さんやご家族から、「認知行動療法できませんか?」と尋ねられることがしばしばあります。最近はネットでものを調べる人が多いので、うつ病の治療(精神療法)につき検索すると、薬物療法以外の選択肢としては第一に認知行動療法が挙げられることが多いので、患者さんやご家族にとっても、薬を使わないか、もしくは薬を最小限にしてうつ病を治すためには、まず認知行動療法を、となるのです。

認知行動療法では、うつ病の人は「否定的な認知」の悪循環に陥っている、と捉えます。「どうせ私は何もできない」「私は何の役にも立たない人間だ」などと考える(否定的な思考)、それにより他人のちょっとした表情や言葉を否定的にとらえる(「私を嫌っている」、「私を無能だと思っている」との否定的な解釈)、そのため建設的な動きができなくなる(「どうせ何をしても認められない」「やるだけ無駄」として動かない、他人を避ける)、そうなるとまた自分否定し気分が落ち込む(「どうせ私は何もできない」「私は何の役にも立たない」)、・・・といった悪循環に陥っている、と認知行動療法は考えるのです。(これはあくまで一例です。)

認知行動療法をちゃんと理解していない人は(精神科医や臨床心理士の中にもいるのですが)、うつ病の「原因」を「否定的な認知」だとします(「認知の歪み」とも言います)。それでは、「うつ病の人は『否定的な認知』をしているから病気になる」ということになり、もっと簡単に言えば、「ネガティブに考えるからうつ病になる、もっとポジティブに考えないと」と俗に言われることと同じことになってしまいます。そのような考え方でうつ病の患者さんに認知行動療法を紹介すると、「私の考え方が悪いからうつ病になったんだ」と思ってさらに落ち込み、自責してしまうことになり、これでは逆効果です。

(病気の「原因」というものは、何の病気であれ、簡単にはわからないものです。風邪一つとっても、ウイルスが原因、と言えるし、疲労による免疫力低下が原因、とも言えるし、喫煙で喉を痛めたのが原因、とも言えるのです。「原因」という時、何を指しているのか無自覚に話すことは時には危険でもあります。)

うつ病の「原因」、なぜその人がうつ病を発症したか、と考えると、生まれ持った体質、育った家庭環境、生活習慣、労働環境、家庭・交友関係、生きがい・人生観など、いろいろあり得ます。「原因」を考え始めるときりがなくなり、かえって混乱の元になる場合もあります。認知行動療法では、そういう「原因」を追求することを棚上げにし、まずは現在患者さんが陥っている思考と行動の悪循環を打破し、違った角度からものを考えたり(上記の例なら「私にもいくらかできることはある」と考える)、違った行動をする(避けていた人と会って話してみる、少し散歩して近所を見回してみる、など)ことに患者さんを誘います。これは、俗に言う「ポジティブシンキング」とは違い、無理にポジティブに考えることではありません。認知行動療法では、別の角度からものを考えてみて、それにより思考と行動の行き詰まり状態を打開し、そうすれば患者さんが本来持っている元気が自然と引き出される、と信じているのです。